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2度目の大学生活 [日常]

現在、大学の講義中なのだが、講義内容にあんまり興味が持てない(ラトビアとスウェーデンの間のEU法の適用についての判例についての説明なんだけど、すっごくつまらない)、久々にブログを書いてみる。

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ロースクールが始まって2か月、やはりというか、英語の壁がきつい。

授業は英語、試験も英語、レポートも英語ということで、まさに英語漬け(アメリカの大学院なのだから当たり前なんだけど)。

授業についていくのは実はそんなに辛くない。
あらかじめ予習をしているので、「何について話しているのか」についての予備知識があるし、教授の発音はきれいなので、聞き取りには苦労しない。
そもそも、自分の専門分野についての話なので、理解に困るということもない。

問題は、読み物、書き物について、いちいち時間がかかること。
読み物はそれでもまあなんとかなるのだけど、書き物が相当に厳しい。

試験であれ、レポートであれ、与えられる課題そのものが英語で書かれているので、まずその課題を読むところで一苦労。日本語なら1分で読めるものを、(単語を調べつつ)10分くらいかけて読まなければならない。
さらに、書く段になると、どんなに頑張っても日本語を書く場合の3分の1以下のスピードになる。
いちいち頭の中で日本語を英語に変換しながら書いているので、スピードが落ちるのはしょうがない、とは思いつつ。

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なんだか書いていて、とても贅沢な悩みのような気がしてきた。

帰国子女でもないのに、「授業の聞き取りに苦労しない」と言えるだけでも幸せではないのか。
高校時代の自分が見たら、「何ぜいたく言うてんねん!」と怒るだろう。
当時、英語の試験で、ひたすら赤点を取りっていたことを思い出す(割と真剣に悩んだ時期もあった)。

今の自分は、少なくとも日本人の中では「英語ができる」部類なんだろうな。
少なくともアメリカの大学院の授業に、一応はついていけているのだから。

いったいいつからそうなったのか。

まだ先に行けそうな気もするし、もうここらが限界のような気もする。

限界だ、とはっきり思わない限りは走り続けられる、ということなのだろうか。

意外に自分にはまだ余裕があって、そのことに自分で気がついていないだけなのか。

今の自分を動かしているものは何だろう。

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つらつらと考えていたら、講義が終わった。
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ランス・アームストロング、現役復帰 [日常]

キターーーーーーーーーー!!!!!

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http://www.cnn.co.jp/sports/CNN200809100006.html

(CNN) 自転車レースの世界最高峰ツール・ド・フランスで前人未到の7連覇を達成した後、引退していたランス・アームストロング(米国=36)が9日、現役復帰を表明した。

アームストロングはライブストロング基金を通じて声明を発表し、がんに対する社会の関心を高めるため復帰を決めたことを明らかにした。アームストロングは25歳で精巣がんと診断され、積極的な治療で病を克服した経験を持つ。

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ロースクールでの生活が想像以上に忙しく、最近は放置気味だったこのブログですが(ちなみに、割と楽しくNYC生活を満喫しています)、これだけは取り上げずにはいられない。

「なんでいまさら現役復帰?」という声はあるかもしれない。
それでも、嬉しくて嬉しくてしょうがない。

2004年のツール。L'Alpe-d'Huezでの個人タイムトライアルで、Lanceが力強く坂を駆け上がってくるシーンは、今でも目に焼き付いている。

圧倒的なパワー。
圧倒的なオーラ。

この人には「闘い続ける生き方」が似合っている。

Allez, Lance!
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Tour de France 2008 [日常]

http://www.letour.fr/us/homepage_courseTDF.html

一応おっかけてはいます。
いますが…

やはり、ランス・アームストロングが去り、ヤン・ウルリッヒも去り、イヴァン・バッソもフロイド・ランディスもドーピング問題で不出場というツールでは、あんまり見る気がしない。

第8ステージでのマイヨジョーヌはKim Kirchen。

今後の山岳ステージでどう変わるか。

一応、今回の優勝予想は、ダミアーノ・クネゴということで。
今のところいい順位につけているし、実績的にも実力的にもそろそろツールを制してもおかしくないと思う。

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MLBオールスターゲーム [日常]

7月15日午後8時から、MLBのオールスターゲームがヤンキースタジアムで開催される。
http://newyork.yankees.mlb.com/mlb/events/all_star/y2008/index.jsp

数々の伝説を生み出してきたヤンキースタジアムが、今年で最後(来年からは併設して新設された球場に移転)ということもあり、チケットにはものすごいプレミアムがついている。
一番高い席だと、なんと17000ドルを超えるという狂騰っぷり。
一番安い席でも、300ドルを超える値段がついている。

http://www.ticketsnow.com/TicketsList.aspx?PID=505569
(リンク切れ御免)


あまりのチケットの高さにものすごく迷ったが、せっかくニューヨークにいるし、ヤンキースタジアムでの最後のオールスターゲームだし、来年はNY州の司法試験でオールスターを観るどころではないしということで、思い切ってチケットを購入。

高い席を求めると際限がないということもあり、安めの席にしたが、それでも手数料その他で550ドル近くになった。

ただ、普通のゲームなら10ドルしないような席だ。
プレーヤーが豆粒のようにしか見えないような席であることは間違いないだろう。

それでもいい。

「MLBのオールスターを最後のヤンキースタジアムで観る」

かつての野球少年にとって、これ以上の夢の舞台があるだろうか。

7月15日が楽しみで楽しみでしょうがない。
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新居と大学 [日常]

外観.jpg

新居の外観です。
まだ築3年と新しく、中もすごくきれいです。部屋の設備も充実。
インドで築50年のアパートでゴキブリと戦ったり、お湯が出なくて悩んだりしていたことを思えば、夢のような家に住んでいます。


Columbia大学正面.jpg

Columbia大学正面です。
Alma Mater像(ラテン語で「我らが母」=母校の擬人化)はすっかり観光名所になっており、多くの観光客が像の前で写真を撮っています。


Columbia大学中庭.jpg

同じく中庭です。
この時期、芝生の上は本当に気持ちよく、多くの学生が昼寝したり、お弁当を食べたりしています。

来年はニューヨーク州司法試験受験でこの時期はほとんど出歩けなくなると思うので、今のうちにニューヨークの初夏を満喫しておこうと思います。



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NY生活 [日常]

10日ほど前にニューヨークに入り、今週からはサマースクールにも通い始めています。

まだちょっとバタバタしていますが、もう少し落ち着いたら、新居や大学の様子など、色々アップしていければと。

多様性を許容するこの街の空気がとても好き。

もう一度「学生」ができる喜び。
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帰国 [日常]

今日の夜の便で日本に帰国します。

インドという国は最後までどうしても好きになれないところがあったけど、インドで交流を持った人たちは、日本人、インド人を問わず大好きです。

多くの素敵な仲間に囲まれて、本当に楽しく、幸せな時間を過ごすことができました。

このタイミングでの帰国、留学には少し残念なところもあるけれど、とりあえず次の目標に向かって頑張りたいと思います。

インドで学んだことも、自分にできる限りで、多くの人に伝えていくことができればと。

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自分が何者であるかは、自分ではなく周りの人たちが決めてくれること

http://blog.tatsuru.com/2008/04/30_1630.php

  

昔、どうしようもないほど子供だった自分に、同じことを言ってくれた人がいたっけ。

- 僕は、「何者か」になれたでしょうか?


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独り言 [日常]

インドから帰る日が近づいてきた。

インドでの9ヶ月あまりの実務経験に基づいて得た知識をもとに、いくつか論文を書いたし、これからも書く予定だ。
日本滞在中は、セミナー講師も多く務めることになっている。

日本ではインドへの投資ブームが高まっており、インド現地の法律事務所で勤務した日本人弁護士がこれまでにほとんどいないということで、現地の法律について語れる日本人弁護士として、日本での需要は高いようだ。
弁護士も客商売である以上、多くの人から自分の知識や経験を必要としてもらえるというのは幸せなことなんだろう。

だがしかし。

最近、自分の中で膨らみつつある矛盾に苦しんでいる。

インドの外為制度や税制、マーケットの実情を知れば知るほど、「この国には投資すべきではない」ということが見えてくるからだ。

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インドの外為制度は、「投資はそこそこしやすいものの、イグジットが非常に難しい」という制度であり、平たく言えば、「インド国内にお金が入ってくることはそれなりに歓迎するが、インド国内からお金が出て行くことは基本的に認めない(認めるとしても、ものすごく厳しい審査が行われる)」というシステムとなっている。

そのため、現状、いったんインドに投資したお金を本国に還流させることは非常に難しく(金額が多額の場合、事実上不可能)、これではせっかくインド国内で収益を上げても、それを日本に還元することができない。
もちろん、インド国内で収益を上げれば、連結会社としてバランスシート上は日本の本社のプラスにはなるが、日本で本社が傾いてもインドから送金できず、インドの収益で穴埋めすることができないというのでは、事実上資金を凍結されているに等しい。もちろん、インド国内での再投資は可能だが、外国に出せないというのでは、資金の流動性は著しく阻害されるだろう。
インドには外資優遇措置が一切ないというのも、直接投資にあたって認識しておく必要がある。

また、インドの税制は、法律、運用ともに、外資系企業にとっては「ぼったくり制度」と言ってもよく、実質負担税率は5割を超えているという状況である。
現地の活動資金のために、日本から1億円を送金しても、半分以上は税金としてインドの国庫に納まってしまうということで、投資効率が悪いことこの上ない。
さらに恣意的な課税、遡及的な課税、いずれも平然と行われており、課税についての予測可能性は全くないと言っていい。

さらにインドのマーケットについて、インドは人口が10億人以上もいて、一見市場規模は大きいように見えるが、まともな購買力を持っているのは、そのうちせいぜい2000~3000万人くらい(いわゆる富裕層と呼ばれる層)であり、後はほとんど期待できない。
この国では、年間20万ルピー(約54万円)程度の収入があれば、「中間層」と呼ばれるのだが、はっきりいって、この程度では自動車や電化製品などの日本の主力製造品の販売先としては全く期待できない。だいたい、この程度の収入の層を「中間層」と呼んでいるにもかかわらず、「中間層」はほとんどいないのだから。

そもそも、仮にこんな「中間層」が1億人いたって、マーケットとしては意味がない。
年間の可処分所得が10万円からせいぜい20万円しかない層を相手に、日本企業が何を売れるというのか。
もちろん、ニッチなニーズはあるのだろうが、それを狙ってまで投資するような場所なのかどうか、真剣に考えている日本企業がどれくらいあるだろうか。
(ちなみに、TATAのnanoを追いかけるのは絶対にやめておいた方がいい。nanoは間違いなく赤字になる。TATAにとって、自動車部門は数ある企業部門の1つにすぎず、そこで単体で赤字を出しても企業のアピール費用と思えば問題ないが、これを日本の自動車専業会社が追いかけるのは自殺行為である)

今、インドで日本の自動車がそこそこ売れているのは、上記購買力のある2000~3000万人の層が買っているからであって、この層が飽和したときには、インドのマーケットとしての魅力は一気に薄れるだろう。
この国の富裕層とそれ以外の層の間の断絶は、日本人が考えているよりも遥かに大きく(この断絶は、中国のものとも比べ物にならないくらい大きい)、日本人が想定している中間層(年収100万円から200万円くらい)など、この国ではほとんど生まれていないし、これからも当分生まれることはないだろう。

他にも、インドが投資先として薦められない理由は多くあるが、最大の理由は、インドは、少なくとも日本企業にとっては、「投資してもペイしない」国であるということだ。
実際、インドに進出している日系企業の99%は赤字を垂れ流している状況であり、黒字を出しているのはマルチスズキやヒーローホンダなど、ごくごく一部の企業に限られている。
理不尽な外為制度や税制等により経費ばかりが増大し、一方でマーケットの開拓はなかなか進まないというのがその理由だ。

マーケットの開拓が進まないのは当たり前だ。
この国のマーケットは小さいのだから。
年収10万円以下のインド人が10億人いたって、日本企業が想定するような製品の購買力としては計算できないのだから、マーケットの観点からは存在しないのと同じだ。
しかも、カースト制度その他の社会制度に基づく、富裕層とそれ以外の層との間の断絶により、これらの「年収10万円以下の10億人」が、今後早い段階で中間層に育っていく可能性も低く、マーケットの成長性も低い。

マルチスズキやヒーローホンダは、きわめて例外的な成功例であり、これを見て単純に「インドは有望なマーケットである」と考えるのはとても危険だと思う。

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以上の分析が、客観的に正しいかどうかはわからない。
ただ、インドの法制度、税制、社会制度、マーケット状況等を知れば知るほど、自分の中では「インドは直接投資の対象国としては不適である」という確信が高まってくる。
少なくとも、自分が会社の社長だったら、絶対に投資はしないだろう。
外資優遇措置もなく、課税は適当、マーケット開拓は困難、せっかく稼いだお金を本国に還流することもできないというのでは、投資効率があまりにも悪すぎる。

インド滞在中に、50社を超える日本企業の現地法人、支店その他に勤務するインド駐在日本人と話したが、多くの人は概ね上記と似た印象を抱いていたので、少なくとも的外れな分析ではないと思う。
ちなみに、インドでの収支についてたずねた際には、例外なく「赤字」との回答が返ってきた。
つまり、インドで儲かっている会社は1社もなかった。

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問題は、「インドには投資しないほうがいい」という確信(直感的確信ではなく、インドの法制度、税制、社会制度、実際にインドに進出した日本企業の収支状況等を踏まえて分析を行った上での確信)を抱いているにもかかわらず、立場上、日本においてはインド投資を促進するような本を書いたり、セミナーを行わなければならないこと。

投資してもペイする見込みがない(あるいはその可能性がとても低い)と確信していながら、インド投資を推奨するような本を書いたり、セミナーを開催したり、インド投資を希望するクライアントにアドバイスすることは、欠陥商品をそれと知りつつ売りつけることと同じではないか。

「依頼者の利益にならないことはしない」というのが、弁護士の行動原理の基本であると思うし、そもそも、「十中八九損をすると確信している行為」を他人に勧めるのは、人間としての品性が問われかねない行為ではないか。

本当は、インド投資など勧めたくない。

「インドは投資してもうかるような国ではないから、やめておいた方がいいですよ」と言いたい。

主観的に「絶対やめておいた方がいい」と思う行為を、他人に勧めることなどしたくない(たとえ自分の主観が、客観的には間違っていたとしても)。

その感情の制御が難しくなってきた。

でも、所属事務所の戦略や、弁護士としてのビジネスの観点からは、これからもインド投資を促進するような本を書いたり、セミナーを行っていかなければならない。

いっそインドが本当に外国直接投資に適した国なら良いのに。

それなら、何の屈託もなく、対印投資を日本企業に勧めることができるはずだ。

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法律コンサルタントとしては、インド進出に際してのアドバイスに対する報酬さえもらえれば、実際にインドに進出した企業が現地で赤字になろうが多大な損失を出そうが、とにかく進出に関するアドバイスはしたのだから、結果については知ったことではない、という立場を取ることも可能だろう。

でも、そういう立場を取ってしまったら、自分の「弁護士」という職業に対する矜持は崩れ落ちてしまうだろう。

自分がこれまでの人生において貫いてきたものも、失われてしまう。

とはいえ、インド進出に関する知識を求める日本企業のニーズがとても高いのも事実。

どうやって折り合いをつけていくのが良いのか。

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とりとめのない独り言。
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インド国内旅行 [日常]

日本のGWに便乗して、4月30日からインド国内を回ってきます。

日程は以下のとおり。

4月30日  国内便で午後8時ムンバイ発、午後10時デリー着(予定)。デリー泊。

5月1日 早朝、チャーターした車でアグラに向けて出発。同日中にデリーに戻り、デリー泊。

5月2日 午前10時半の国内便で、デリーからバラナシに向けて出発。同日、バラナシ泊。

5月3日 バラナシからブッダ・ガヤに電車(またはバス)で移動。同日中にバラナシに戻り、バラナシ泊。場合によっては、2日にブッダ・ガヤに移動して、ブッダ・ガヤで宿泊するというプランも。

5月4日 午前10時半の国内便で、バラナシからムンバイに。

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アグラでは、タージマハルとアグラ城跡。

バラナシでは、言わずと知れたガンジス河。

ブッダ・ガヤでは、仏陀が悟りをひらいた(と言われている)菩提樹と、そこに建立された大菩提寺(マハー・ボーディ)。

お目当てはこんな感じです。

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5月末で日本に帰国する(6月半ばからニューヨークに移動)というスケジュールを考えると、これがおそらく最後のインド国内の旅行になると思うので、とても楽しみ。

特に、ブッダ・ガヤの菩提樹下は、このブログのテーマとも絡んで、以前からどうしても訪れたいと思っていた場所なので、胸が高鳴ります。



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犯罪者の弁護 [日常]

長引く経済低迷(統計的なそれではなく、体感的なそれ)や、社会情勢の不安もあってか、日本社会から寛容さが失われている、ような気がする。

社会から寛容さが失われたときに、真っ先に槍玉に挙げられるものの1つに、弱い者に対する保護策がある。

代表的には、医療費補助、生活保護その他の社会保障制度。

そして、犯罪者の弁護制度もその1つなのではないかと思う。

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「犯罪者=弱い者」という言い方に違和感がある人は多いだろう。

しかし、少なくとも今の日本の社会では、「犯罪者を非難する」という行為が非難されることはない。

裁判で有罪は確定した者はもちろん、逮捕されただけの者(有罪かどうかがまだ確定していない者)に対して、誰がどのようなことを言っても、そのことが倫理的に非難されることはない(裁判所で名誉毀損と認定されることはあっても)。

今の世の中、「いくら非難しても、悪口を言っても、あることないこと言っても、そのことが周囲に非難されない」という対象は、そうそうあるものではない。

こういう存在が、社会が不安になったときに、言いかえれば、社会を構成する人間が不安感を抱いているときに、どういう扱いを受けるか。

格好の攻撃対象、捌け口になるのは避けられないだろう。

その意味で、犯罪者は弱い存在なのだ。

もちろん、罪を犯した者が、その報いとして社会的制裁を受けることはある意味当然であり、社会の構成員から非難を受けるということ自体、一種の罰として機能しているのだから、犯罪者を非難することがいけないというわけではない。

ただ、それでも、最低限守らなければならないルールというのはあると思うのだ。

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曰く、「なぜ犯罪者を国民の税金を使って弁護してやらなければならないのか」

曰く、「弁護士はなぜ臆面もなく恥知らずな主張をするのか」

これらの主張が、すんなりと耳に入って来る人は多いだろう。
いや、ほとんどの人は、全面的に同意するといってもいい。

それは、これらの主張が、

「罪を犯した者が、自分のやったことを差し置いて自分の権利を主張するなんておこがましい」

「それを助けて、人権、人権とばかり主張する人間も信じられない」

という、日本人の素朴な倫理意識に合致するからだ。

いわば、犯罪者の弁護は、本質的に日本社会の構成員によるバッシングを受けやすい行為であるといえる。

今や府知事となった、某弁護士の主張は、この日本人の素朴な倫理意識に合致しているからこそ、支持をうけるのだろう。

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でも、忘れないで欲しい。

これらの主張の行き着く先は、「罪を犯したと疑われる人間は、その言い分を一切聞かずに、行政がその判断で一方的に処分していい」というものになることに。

それは、まさに戦前の警察と同じ発想だ。

忘れてはいけない。 
特高警察をはじめとした警察のやり方は、少なくとも当初は多くの一般市民からは支持されていたのだ。

それはそうだろう。

怪しい人間(社会共同体に害を及ぼしかねない人間)を、一方的に処分してくれるのだから、真面目に生きている人間にとってはこれほど都合のいいことはない。

だが、唯一にして致命的な問題は、「真面目に生きていても、いったん疑われる立場になってしまった場合、犯罪者に対する扱いと全く同じ扱いを受けてしまう」ということ。
そして、いったんそうなってしまった場合、「言い分が一切聞かれない」のだから、申し開きをすることもできない。

こういうリスクの高い社会を、いい社会だと思う人は少ないのではないだろうか。

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以下に、日本国憲法の条文を引用する。

これらの条文は、特高警察に代表される警察の暴走による証拠なき逮捕、拷問による自白(場合によっては死亡)、冤罪での処罰に対する反省から生まれたものであること(たとえ、憲法の原案はGHQによるものであるとしても、少なくとも日本人はこの憲法を60年以上国の礎として守ってきたこと)を思い出してほしい。

そして、特高警察は、戦争中で社会に余裕がなくなったとき、社会から寛容さが失われたときに、生まれたものであることを思い出してほしい。

「犯罪者に権利なんて認める必要はない」という考えは耳になじみやすいが、その発想がいつか自分に対して牙を剥く日がくることを想像してほしい。


第31条  何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

第34条  何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。

第37条  すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
2 刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。
3 刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。

第38条  何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
2 強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
3 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。


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