So-net無料ブログ作成
検索選択

フランス -パリでの1週間- その3 ギャレットの風車

フランス -パリでの1週間-

③ギャレットの風車

Le Moulin de la Galette 「ムーラン・ドゥ・ラ・ギャレット」
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/picture/f_000708.htm
中学校の美術教科書で一目惚れして以来、今日に至るまで、最も愛している絵である。

半ばこれを見るためだけに、パリまで来た。

しばらく絵の前で立ちつくす。
小一時間くらいそのままにしていただろうか。
ようやく他の絵を見るべく、移動した。

もちろん、オルセーには、ムーラン・ドゥ・ラ・ギャレット意外にも見るべき絵はたくさんある。
印象派好きの人には、ルーブルよりも惹かれる場所ではないだろうか。
美術館のカフェで食事をし、昼3時ころまでゆっくりと回る。
ああ、幸せ…。

……
昔、バブルの時代にバカな日本人(当時の大昭和製紙の会長)が、もう一作のムーラン・ドゥ・ラ・ギャレット(ムーラン・ドゥ・ラ・ギャレットはルノワール本人によって2枚描かれており、オルセーにはそのうち大きい方が展示されている。)を7810万ドル(当時のレートで約120億円)で購入した。
彼は、その絵を1度見ただけで倉庫にしまい、「自分が死んだら俺の棺桶で一緒に焼いてくれ。」 などとふざけたことを言ったらしい。

バブルで浮かれていた時期とはいえ、許し難い言葉である。
人類の至宝をなぜお前ごとき成金と一緒に焼かねばならぬ。

ちなみに、その後大昭和製紙の業績は不振を極め、1991年には149億円の赤字となる。
さらに、同バカ会長は、1993年11月11日、東京地検特捜部の捜査を受けて逮捕される。
その結果、大昭和製紙名誉会長の職も退き、失意の晩年を過ごした上、1996年3月30日、脳梗塞で死去。
その後、大昭和製紙は日本製紙に吸収合併され、今では会社そのものがなくなってしまった。

僕は無神論者ではあるが、「美の女神」は存在するのかもしれない。
その右手には、思い上がった者に雷を落とす魔法の杖が握られているのだろう。

なお、この「もう1枚ムーラン・ドゥ・ラ・ギャレット」は、1997年にサザビーズの仲介で大昭和製紙から海外に売却され、その行方は不明である。
……

午後からは、シャンゼリゼ通りを散歩する。
無意味に「オーシャンゼリーゼー」などと鼻歌を歌ってみる。
凱旋門(残念ながら工事中だった)の前で記念写真など。

すっかり観光気分で1日を楽しんだ。

夕食は、シャンゼリゼから少し奥に入ったところのビストロで食べた。
フランスのレストランで食事を出される際の、「Bon Appetit !」っていう言葉の響きがとても好き。

ワインで程良く酔っぱらいながら、宿に帰ってきたのでした。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(1) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 1

この記事のトラックバックURL:
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。